風の人

若狭が好き、でも他の地域も好き、柴田叔之の居食住

柴送りの儀

高浜町民の皆様、

そしてブログをご覧の皆様、

すでにご存知の方もおられると思いますが、

私、柴田叔之は、

3月25日をもって、株式会社いきいきタウン高浜を退職しまして、

4月より、福井市の設計事務所で働くことになりました。

もう少し、建築や設計についてスキルアップをしたい!と思うようになりました。

柴送りの儀


そこで、これまで3年間共に仕事をした

塩屋のメンバーが送別会を開いてくれることになりましたm_ _m

その名も「柴送りの儀」


ありがとうございます> <

何か色々なもので叩かれる気がします。。。


3月20日(日)13:00〜17:00(出入り自由)

塩屋にて、

柴田の3年間を振り返ります。

この3年間を支えてくださった町民の皆様と、

あんなことあったねー

こんなことしたよねー

と思い出話ができればいいなぁと思っております。


もし、ご都合よろしければ

ご参加くださいm_ _m

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2 Comments

望郷 says...""
宮沢賢治の童話、「貝の火」の改悪です(^^;)。

「たった三年間だったな、ホッホ、
たった三年間だったな、ホッホ」

多分、柴田氏が居てくださったこの三年間は、高浜の歴史の中でも、線香花火の最後のひと輝きの時期だったのでしょう。

-----

観光業はひたすら陰り続ける、

そこにある物だから仕方がない、せめてせっせと原発は動かして関電にお金を落としてもらおうと思ったら、司法の横やりで絶望的になりかける、

原発が動かなくなっても、廃炉にするのもままならず、そのまま廃墟となるまで何百年もそのまま保持しなければならない、

「バッキャロー、人の田舎をめちゃめちゃにしやがって、この落とし前はどうつけてくれんだよ!」

政府なのか、国なのか、それとも日本国の親分である某国(その某国が原発をWWII後に日本に押し付け、福島の原発はその国製造です)の責任なのか、我々には怒りのぶつけようがありません。

ただくやしいだけです、悲しいだけです。


…幸い(?)、私の両親はもう、十年も持たずにあの世に召されるでしょう。

そのあと私は、もうこの町に戻ってくることはないでしょう。

望郷の念に引きずられる思いは、両親も誰もいなくなったら、きっと断ち切れるでしょう(;_;)。
2016.03.11 13:21 | URL | #awAB6/p2 [edit]
says...""
私はまだまだ諦めてなんかいませんよ。今原電(あえて私はそう呼びます)に対して司法の場で厳しい判断が続いていますが、新しいエネルギーも芽生えています。例えば水素で走る車とか、地熱エネルギーや海水から得られる物とか、、、、。でも今原子力のエネルギーが日本では必要なのです。住民の人格権?侵害?
それは琵琶湖近辺の方々じゃなくて、高浜の住民が訴訟合戦にくれる部外者(あえてそう呼びます)に翻弄され続ける日々が、一番の被害者なのです。文責Y
2016.03.11 20:30 | URL | #- [edit]

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